2019年12月13日

宝の箱のパスワード52

創価学会(そうかがっかい)インターナショナル会長である、
池田先生が、

なぜ?

世界の一流の識者(しきしゃ)たちと
友好(ゆうこう)の和を広げ、
世界中に、
創価学会の理解者、支援者(しえんしゃ)の和を広げ、
世界192ヶ国に、
創価学会を、
広めることが、できたのか?


それは、池田先生が、
ひとりの人間を、
他のだれよりも、大切にしたからだ!そうです。



池田先生は、1974年9月8日、
創価大学の創立者(そうりつしゃ)として、
初めてソ連の大地を踏(ふ)んだ。

出迎(でむか)えたのは、招へい元(しょうへいもと)である
モスクワ大学のホフロフ総長。

この初訪ソは、モスクワ大学の招(まね)きに
よるものだったそうです。

池田先生が、モスクワの空港に到着(とうちゃく)すると、
真っ先(まっさき)に出迎えてくれたのが、
モスクワ大学のホフロフ総長(そうちょう)だったそうです。

ホフロフ総長は、著名(ちょめい)な放射線物理学者で、
とても不思議(ふしぎ)な
人格の魅力(みりょく)にあふれた方だった。

そして、池田先生と、ホフロフ総長は、
強い強い、友情のきずなを、結(むす)ぶ。


1977年、ホフロフ総長は、
登山中の不慮(ふりょ)の事故で亡(な)くなられました。

ソ連では、亡くなった人のために、
知人が、墓参(はかまい)りに行ったり、
亡くなった人の友人が、
その亡くなった人の家族のところに行って、
親交と友情を結ぶような習慣(しゅうかん)は、
決して、ないそうです。

けれど、池田先生は、あえて、
亡くなられたホフロフ総長の墓前(ぼぜん)に行き、
心からの祈りを、ささげ、
また、ホフロフ総長の家族のところに、おもむき、
ホフロフ総長の2人の息子を、
心から、励(はげ)まして、
親交(しんこう)を結んだそうです。

それ以来、
池田先生と、故ホフロフ総長の家族との親交は続き、
故ホフロフ総長の息子たちは、
日本と言えば、創価学会!
日本と言えば、池田先生!と、
断言(だんげん)するようになったそうです。


池田先生が、どれだけ、
一人の人間を大切にしているか・・・。


正直(しょうじき)、ぼくにも、わからない・・。


だから、池田先生の話しを、
そのまま、
のせたい・・。

『当時、日本において、
ソ連に対するイメージは決してよくなかった。
社会主義陣営と西側諸国の間の
壁(かべ)を象徴(しょうちょう)する、
"鉄のカーテン"という言葉もあった。
マスコミの影響(えいきょう)も大きかった。

しかし、ホフロフ氏の人柄(ひとがら)には、
そうした懸念(けねん)を
一掃(いっそう)する力があった。

出会う人の心を、がらりと変えてしまう力があった。


思えば、モスクワのホテルで出会った
従業員(じゅうぎょういん)の一婦人との、
心温(こころあたた)まる交流も忘れられない。


人の心には、
さまざまな先入観(せんにゅうかん)や偏見(へんけん)がある。

それらが、正しい理解や認識(にんしき)を
妨(さまた)げている場合が、
あまりにも多い。


そうした"心のカベ"を破(やぶ)るものは何か。


それは、温(あたた)かな人間性であり、
開かれた対話であり、
どこまでも誠実(せいじつ)な振る舞い(ふるまい)である。』


・・・・・・・・・・・・・こころ(宝の箱の、パスワード)・・・・・・・・・・・・・

前に、聞いた話しだけれど、
池田先生は、まるで、

『激励(げきれい)マシーン』

のような人だそうです。

人がいると、その人を、
励まさずには、いられない!
どんなに自分が、疲(つか)れていても、
体調が悪くても、
人がいると、励まさずにはいられない!

励まして、励まして、励ましぬく。


日本では、池田先生を、
まるで、教祖(きょうそ)のように考えている人が、
いるようだけれど、
ぜんぜん、違(ちが)う!!

教祖は、信者から見ると、
あがめる対象(たいしょう)であり、
「教祖さま~~~!」といって、
まつりあげる。

だから、教祖は、信徒(しんと)を、人間ではなく、
奴隷(どれい)にしてしまう。

池田先生は、逆(ぎゃく)だ!

人間を人間として、
まるで仏(ほとけ)のように尊敬し、
励まして、励まして、励ましぬく。

だから、池田先生に会った人は、
励まされ、自信が、わいてきて、
勇気がわいてきて、
人間としての尊厳(そんげん)に、
目覚(めざ)めていく!


人間が、人間を、引っ張(ひっぱ)っていく。


池田先生という人間を見て、
ぼくも、私も、ああ、なれるんだ!
なっていくんだ!と、
勇気と希望を持って、
人生に挑戦し、前進していける!


それが、池田先生という、存在(そんざい)だと思う。


その池田先生を、
世界の一流の人物たちは、
鋭(するど)く、見抜(みぬ)いている!

だから別に、創価学会員でなくても、
池田先生の行動と思想に注目(ちゅうもく)し、
池田先生を人生の師匠(ししょう)と
あおいでいる人たちが、
世界には、たくさん、いる。


まして、ぼくたち創価学会員にとっては、
池田先生は、人生の師匠!!


仏法(ぶっぽう)においては、
『師匠(ししょう)』は、
人生を、人間として生きていくうえで、
とても大切で、とても深く、
とても峻厳(しゅんげん)な
意味があるのだと思います。

『師匠』の中には、
人間性、哲学(てつがく)や思想、
希望と勇気と幸せ、

それらのものが、集約(しゅうやく)されているように
思われる。

けれど、それを説明するのは、
難(むずか)しい・・・。


たとえば、
『ナビゲーター』がいるとする。

まったく知らない道であっても、
素晴らしいナビゲーターがいると、
安心して、その道を進んでいける!


けれど、そのナビゲーターは、
それだけではない・・。


希望と勇気を、与(あた)えてくれる。
幸せの方途(ほうと)を示(しめ)してくれる。
もっと言えば、
自分で幸せの道を歩む力(ちから)を与えてくれる。
チャンスをつかむ方法も、
人生を勝利する方法も・・・!!


そんな信頼(しんらい)すべき、
幸せと希望に満(み)ちた存在が、
『師匠』なのかもしれない。



まったく、何が起こるかわからない
人生という道、

どんな苦難(くなん)が襲(おそ)ってくるかも、わからない。

また、乗り越(こ)えていけるかも、わからない。


その最も困難(こんなん)な人生という道を、
安心して、進んでいけるようにしてくれるのが、
「師匠」だとしたら、
池田先生は、人生において、
希望と、勇気と、幸せを、
自分の行動と、励(はげ)ましによって、
絶えず、人々に送り続ける、
世界最高の『師匠(ししょう)』なんだと、
心から思う・・・・・・!!


・・・・・・・・・・・・・こころ(宝の箱の、パスワード)・・・・・・・・・・・・・
【関連する記事】
posted by タカパス at 11:03| 世界 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年12月08日

宝の箱のパスワード51

以前、テレビで、
家族5人を殺害した男性の
プロファイルを、やっていたのを
見たことがありました。

その男性は、
近所の人たちに聞くと、
だれもが、すごく、良い人だったと、
口をそろえたように言っている。


いつも、にこにこしていて、
やさしかったと・・・・。


けれど、大変な惨事(さんじ)を、起こしている。


よく、犯罪者と、
回(まわ)りの人たちから見た感じ方に、
大きなギャップがあるときが、
ある。

その男性は、いつか、
母親を殺してやろうと思っていたと、
供述(きょうじゅつ)していたようです。


人間の心の闇(やみ)は、わからない。
また、はたから見て、
とても良い人であっても、
どうして、そんな惨事(さんじ)を、
起こしてしまうのか?

それも、わからない。


人間の心理(しんり)、
人間の行動、
人間の中にある闇(やみ)、

どんなに科学が発達しても、
人間の心を、解明(かいめい)することは、
できないのだろうか?


仏法(ぶっぽう)では、
そういう、どうにもならないような、
その人の持っている宿命(しゅくめい)のようなものを、

「宿業(しゅくごう)」

という。

その人の生命に宿(やど)っている業(ごう/宿命)。

その人の深層心理(しんそうしんり)のなかに、
どうして、そんな人も自分も、
不幸にするような心理が、
宿(やど)っているのか?

考えれば考えるほど、わからない!


仏法では、
その宿業(しゅくごう)とも言える、
深層心理にまで、言明(げんめい)している。


なぜ?
人間は、不幸になる心を宿(やど)し、
不幸になる行動を、してしまうのか?


その原因を、仏法(ぶっぽう)は、

『間違(まちが)った宗教にある!』

と、明確に言い切っている!


人は、だれでも、生まれたからには、
先祖(せんぞ)があり、
その先祖を、たどっていくと、
必ず、なんらかの宗教に、かかわっている。

その宗教が、
間違った宗教である場合、
自分には、関係ないと思っていても、
あるとき、間違った宗教は、
その宗教が、
間違った、
人を不幸にする宗教であるがゆえに、
不幸な考え方、不幸な行動として、
深層心理の中から、
必ず、出てくる時がある!

たとえば、
南無阿弥陀仏(なむあみだぶつ)
と、となえる、
念仏(ねんぶつ)宗(浄土宗、浄土真宗)。

この念仏宗は、
この世では、幸せになれないから、
極楽浄土(ごくらくじょうど)という、
あの世で、幸せになろうという、
完全な現実逃避(げんじつとうひ)の宗教です。

だから、念仏宗の家系(かけい)では、
何かあると、すぐ現実逃避してしまい、
また、死にたくなってきます。

そして、実際(じっさい)に自殺者が、多く出ます。

だいたい、自殺する人は、
その人の家系が、念仏宗で、
その人の深層心理では、
この念仏宗が、
悪影響(あくえいきょう)を、およぼしていることが、
多いと思う。

そして、念仏宗は、
『念仏無限地獄(ねんぶつむげんじごく)』
と言って、
ちょっと良くなったと思ったら、ドーンと落ちて、
また、ちょっと良くなったと思ったら、
ドーンと落ちることの連続で、
まさに、
地獄(じごく)のような人生になっていきます。


宗教というものは、気づかないようでいて、
ほんとうは、すごく、こわい。


間違った宗教は、
宿業(しゅくごう)となって、
病気にしろ、事件にしろ、
さまざまな不幸を、呼び起こす。

だから、宗教なんて関係ないと、
バカにしていても、
深層心理の根源(こんげん)の部分では、
宗教は、自分の人生に、
大きな影響(えいきょう)を、およぼしている。


それが、間違った宗教の、
恐(こわ)いところです。


・・・・・・・・・・・・・こころ(宝の箱の、パスワード)・・・・・・・・・・・・・

この間違った宗教の、
悪(あ)しき影響を断(た)ち切る方法は、
ひとつしかない!


それは、本当(ほんとう)の正しい宗教に、つくことです!


はっきり、言うと、
創価学会(そうかがっかい)が実践している、
真実の仏法(ぶっぽう)である、
南無妙法蓮華経(なんみょうほうれんげきょう)
の仏法を、実践すること。

それしかない!

性急(せいきゅう)なようだけれど、
これだけは、本当に、
それしかない。

そのことを、明確に見極(みきわ)め、
正しい仏法を実践(じっせん)してきたから、
創価学会の人たちは、
さまざまな不幸や悩みを、
逆転して、
幸せになっていけたんだと思う。

それは、
創価学会の南無妙法蓮華経をとなえる
仏法の信仰(しんこう)によって、
宿業とも言える悪しき宗教の鉄鎖(てっさ)を、
打ち破(やぶ)ってきたということです。

病気など健康上の問題にしても、
貧乏(びんぼう)など、経済的な悩みにしても、
その悩みが、どんな悩みであれ、
創価学会の南無妙法蓮華経をとなえる
仏法(ぶっぽう)の信仰によって、
それらを乗り越え、解決して、
幸せになっていったということです。


創価学会の南無妙法蓮華経の仏法は、
太陽のようなものなんです。

太陽が昇(のぼ)れば、
草木についた小さなつゆや水滴(すいてき)は、
あっというまに、消え去(さ)ってしまう。

それと同じように、
創価学会の南無妙法蓮華経の仏法を
実践していくことによって、
どんな宿業(しゅくごう)であっても消し去り、
幸せを、つかんでいくことが、
できるんです。


バカにする人は、
バカにすると思うけれど、
別に、バカにしても、しょうがない。

これは、本当のことだからだです!


本当は、宗教は、
人の幸、不幸を決める、
決定的な部分を、しめている!!


それは、実際に、
創価学会が実践している、
南無妙法蓮華経の、
真実の仏法(ぶっぽう)を、実践してみないと、
わからないかもしれない・・・・・。


・・・・・・・・・・・・・こころ(宝の箱の、パスワード)・・・・・・・・・・・・・
posted by タカパス at 21:53| テレビ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年11月11日

宝の箱のパスワード50

このまえ、
創価学会(そうかがっかい)のある壮年の方が
話してくれたんだけれど、
その人のお母さんも、
創価学会員なんだけど、
そのお母さんが、言うには、


「最近、幸せだと思うのは、
ご本尊(ほんぞん)に
南無妙法蓮華経(なんみょうほうれんげきょう)を
となえて、
いろいろ、祈るんだけれど、

最近は、自分のことを、
祈(いの)らなくてよくなった!

それが、なにより、幸せだと思う。」


と、言っていたそうです。


※ちなみに、ご本尊(ごほんぞん)とは、
創価学会が祈る対象(たいしょう)として信じている本尊で、
紙などに、すべて文字で描かれた
曼荼羅(まんだら)です。

それは、
日蓮大聖人(にちれんだいしょうにん)が、
仏(ほとけ)の生命そのものを表現したものであり、
また、自分の生命そのものを表現したものでもあり、
その必ず幸せになっていける仏(ほとけ)の生命が、
自分の中にも、
すべての人間の中にも、
まったく同じように、そなわっていることを
あらわしたものが、
ご本尊(ほんぞん)です。


だから、そのお母さんが、
ご本尊に祈ることは、

『人のこと、ばっかり!』

人の幸せ、地域(ちいき)の幸せ、世界の幸せ!

それが、なによりの心配事(しんぱいごと)であり、
興味(きょうみ)の中心だと
いうことだと思う。


創価学会では、よく、

『境涯(きょうがい)』

という言葉を使うけれど、
この、お母さんは、
ほんとうに、
境涯が、大きいと思う。


きっと、
人の幸せ、地域の幸せ、世界の幸せを、
自分の幸せと感じているんだと思う。


よく、『境涯(きょうがい)』は、
幸せを入れる器(うつわ)に例(たと)えられる。

器(うつわ)が小さいと、
少しの幸せしか、入れることができない。

器が大きいと、
たくさんの幸せを入れることができる。

それと同じように、
境涯が小さいと、幸せも小さい。

自分のことしか考えられない。
だから、せま~~い幸せしか、
感じることができない。

境涯が大きいと、幸せも大きい。

人のことを、世界のことを、
まるで、自分のことのように、
喜び、
幸せを、感じることができる!

もちろん、それだけでは、いけないと思う。

自分の悩みや問題がある場合は、
しっかりと、その悩みや問題に立ち向かい、
解決していく!

そのために、ご本尊があり、
そのために、
南無妙法蓮華経(なんみょうほうれんげきょう)を、
となえる!

けれど、また、それだけでも、いけない。

なぜかというと、
人のこと、世界のことを、祈っていかないと、
『境涯』が、大きくならないからだ!

境涯が大きくならないということは、
幸せも、大きくならないということです。

だから、人のこと、地域のこと、
世界のことを、祈っていくことも、
ものすごく、大切!

けれど、不思議(ふしぎ)なことに、
ご本尊に、南無妙法蓮華経をとなえていると、
はじめは、悩みが、いっぱいあって、
自分のことしか祈っていないのに、
それが、だんだん変わってきて、
人のことを、
真剣に祈れるようになってくる!


幸せのレベルが、
違(ちが)ってくるということだと、思う。


不思議だけれど、南無妙法蓮華経には、
人間の境涯(きょうがい)を、
開く力(ちから)がある!


池田先生(創価学会インターナショナル会長)が、
まえに言っていた。


『ご本尊に祈るのに、祈り方なんてない!
自分の思うがままに、祈ればいい!』


人間の、どんな思いも、
ありのままに受け止め、
それを、最高に良い結果として、
出してくれるのが、
ご本尊であり、
また、それが仏法(ぶっぽう)だと思う。

もちろん、自分が祈った内容とは、
違う結果が出ることもある。

けれど、幸せという観点(かんてん)から見ると、
その時は、わからなくても、
最高の結果が出てきたことが、
あとになって、
わかることが、よく、ある!


それが、
南無妙法蓮華経の不思議なところです。


祈ったとうりのことが、かなったら、
幸せにならない場合は、
祈った通りには、ならないで、
別の結果が出る!


しかも、それは、
幸せということから考えると、
最高の結果が、出ている!


・・・・・・・・・・・・・こころ(宝の箱の、パスワード)・・・・・・・・・・・・・


幸せとは、なんだろう?


と考えていくと、
ほんとうに難(むずか)しい!

自分の願いが、かなったら、
幸せだ。

でも、自分だけの願いが、かなっても、
他の人たちが不幸だったら、
あんまり、幸せでないかもしれない。

人も、自分も、
幸せにしていけるのが、
「仏法(ぶっぽう)」です!

南無妙法蓮華経を、となえていくと、
祈っている内容は、どうであれ、
自然(しぜん)と、人も、自分も、
幸せになる方向に、進んでいける!

これが、自分だけの幸せだったら、
幸せは、小さい。

けれど、創価学会が実践(じっせん)している、
南無妙法蓮華経の仏法は、
絶対(ぜったい)、そうはならない!


自分も、人も、世界も、
幸せになっていく。


だから、スゴイ!
だから、ほかの何よりも、
本当の幸せを、
心から、
感じることができる!


こういうのを、『歓喜(かんき)』という。


だから、日蓮大聖人は、

『南無妙法蓮華経は、歓喜の中の、大歓喜なり!』

と、言ったんだと、思う・・・・!


・・・・・・・・・・・・・こころ(宝の箱の、パスワード)・・・・・・・・・・・・・
posted by タカパス at 14:20| 幸せ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする