2018年03月29日

宝の箱のパスワード14

このまえ、
『星になった少年』という映画を、
見ました。
日本人で、初めて、ゾウ使いになった
少年の物語で、
哲夢という若くして亡くなった少年の実話を
もとにして、作られた映画なので、
大げさな脚色(きゃくしょく)もなく、
たんたんと描(えが)かれていました。

それでいて、
親子の絆(きずな)など、
しんみりと、ジーンとくる映画でも、ありました。

また、気が向いたら、
この映画の話しでもしようと思います。


この映画を見て、思い出しましたが、
日蓮大聖人(にちれんだいしょうにん)の
御書(ごしょ)に、
(御書とは、日蓮大聖人が書いた手紙や論文を、
 すべて、集めたものです)
ゾウの話しが、のっていました。

御書によると、
象(ゾウ)は、敵(てき)の力によって、
強い相手ならば、強い力を、
弱い相手ならば、それだけの弱い力を
だして、戦うそうです。
ゾウは、とても利口(りこう)な、
やさしい動物なのかもしれません。

けれど、
これも、御書に、書いてあるんですが、
それとは逆(ぎゃく)に、
ライオンは、
相手の強い、弱いにかかわらず、
全力を出して、戦うそうです。

日蓮大聖人の別の御書(ごしょ)に、

『師子王(ししおう・ライオン)は、
前三後一(ぜんさんごいち)と申(もう)して、
ありの子を、とらんとするにも、
又(また)たけきものを取らんとする時も、
いきをいを出す事は、同じき事なり』

と、あり、ライオンは、
三本の足を前に、一本の足を後ろに構(かま)えた、
ベストの姿勢(しせい)で、アリ(虫)の子を
とろうとする時も、猛獣(もうじゅう)をとろうとする時も、
全力を出して、戦うという意味です。

動物学的に、どうかは知りませんが、
ライオンが、なぜ、
百獣(ひゃくじゅう)の王かというと、
たとえ、どんな状況(じょうきょう)であれ、
ライオンは、全力を、出し切るということだと、
思います。


創価学会(そうかがっかい)の信仰を、
真面目にやって、
「カリスマ美容師」になった人が
いるんですが、
その人が、
「どうしたら、チャンスを、つかめるか?」
という質問に対して、

まず、創価学会の信心、活動を、
まじめにやることは、当然(とうぜん)として、
人って、これが、チャンスだっていう時は、
全力をだすけど、そうでない時は、
往々(おうおう)にして、全力を出さない場合が、
多い!
けれど、本当は、チャンスは、
どこから生まれるか、わからないので、
『たとえ、どんな時でも、ベストを尽(つ)くす!!』
ということを、あげていました。

また、そのカリスマ美容師が、
最も、貧乏(びんぼう)で苦しいときに、
創価学会の先輩に相談したら、
その時の状況からすると、
そんな夢みたいなこと、あきらめろ!
とか言われても、
おかしくなかったけれど、

『絶対に、あきらめるな!
信心根本に、戦っていけば、
必ず、夢は、かなうよ!!』

と、力強く、
励(はげ)まされたそうです。


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『ベストを尽(つ)くす!』

この言葉は、素晴らしい言葉だと思います。
ベストを尽くすことに、差別(さべつ)はない!
どんな人でも、ベストを尽くすことは、
できる!
それでいて、こんな価値(かち)のある行動は、ない!


人は、往々(おうおう)にして、
自分を、世間や人と比(くら)べたりして、
卑下(ひげ)しがちかもしれない!
けれど、そんなこと考えるまえに、
自分に、問いただすべきなんだと思う。

『自分は、自分にベストを尽くしているのか?』

小さなことであっても、
それが、自分の目標を、かなえていく道であり、
人生の勝利者、
百獣の王になっていく道なんだと、
思う・・・・・!


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posted by タカパス at 13:00| 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年03月23日

宝の箱のパスワード13

宗教は、好きですか?
と聞かれたら、
宗教は、好きではありません!

じゃあ、何が、好きか?というと、
「自分が、幸せになることが、好きです!」

別に、宗教には、興味(きょうみ)ありませんが、
自分が、幸せになることが好きだから、
創価学会に入って、
ご本尊(ほんぞん)に、
南無妙法蓮華経(なんみょうほうれんげきょう)を、
となえているわけです。

悩みの解決にしても、
夢や希望の実現にしても、
いままでの体験(たいけん)から、
『これしか、ない!!』ということが、
わかっているからです。

その現実に幸せになったという『体験』と、
生命の底(そこ)から感じる確信があるから、
世界中の人たちが、
創価学会(そうかがっかい)の、
南無妙法蓮華経をとなえる
仏法(ぶっぽう)の信仰を、
やっているわけです。


世間一般的には、宗教というと、
とくに、日本人は、
なんか、困(こま)ったことがあった時だけ、
どこかの坊(ぼう)さんなどに頼(たの)んで、
おがんでもらう。
何々宗の偉(えら)い方だからとか言って、
高い!お金を払(はら)って、
自分のことを、他人に、おがんでもらう。

それが、宗教というものだと、
一般的に、思っている方が、多い。

それのほうが、確(たし)かに、楽かもしれない。
だって、自分は、なんにも!しなくていいんだから!
それで、悩みや問題が、解決するんだったら、
こんな楽なことは、ない!

けれど、これが、
悪(あ)しき宗教が、うじゃうじゃと、
はびこる原因になっている。
祈ったり、おがんだり、
お経(きょう)を、あげたりするのは、
宗教家が、やるもので、
普通の人には、できないものだと
考えさせられている。

坊主(ぼうず)が祈らないと、
成仏(じょうぶつ)しないとか、
何々宗の偉い方でないと、
この問題は、解決できないとか、
ある種、異常(いじょう)な、特権的な権力が、
坊主や、宗教家に、与(あた)えられている!

それに、おすがりしないと、幸せになれない!とか、
それこそ、とんでもない理屈(りくつ)が、
通ってしまうのが、悪(あ)しき宗教の、
はびこる理由です!


そして、
それとは逆(ぎゃく)なのが、
創価学会です。

特別な人なんて、いない!
坊主だけに与えられた特権(とっけん)なんて、
ありえない!
坊主に祈ってもらわなければ、
幸せになれないなんて、
そんな、ナンセンスなことは、ありえない。

創価学会では、
自分で、祈っている人が、偉大(いだい)!
自分で、戦っている人が、偉大!
上も下もない!
人間が、人間を、引っ張(ぱ)っていく!
人間と、人間の、まごころの対話、
人間が、人間を、こころから、思うことによって、
つながっているのが、創価学会!!

結論から言うと、
自分で、祈っている人が、仏(ほとけ)
自分で、戦っている人が、仏(ほとけ)
仏と言っても、死んでる人のことではない。
仏とは、『人間の王者!』という意味です。
それが、本当の仏法(ぶっぽう)!

けれど、その本当のことを、言っちゃうと、
ヘンな坊主や、宗教家は、困る!
宗教家や、坊主でないと、できない!という、
まやかしの権威(けんい)が、ないと、
お金もうけが、できないから!
だから、決して、本当のことは
言わないし、また、知らないかもしれない。
宗教家は、自分の権威が、はがれては困る!

だから、創価学会の人が、
本当のことを言うのを、恐(おそ)れて、
デマや、いろいろな手を使って、
創価学会を、迫害(はくがい)してきた!

でも、迫害されれば、されるほど、
創価学会は、発展してきた!
なぜならば、
創価学会の実践している仏法(ぶっぽう)は、
本当だから!
真実の実践(じっせん)を、しているから!
だから、ひとりひとりの生命の歓喜(かんき)は、
だれびとも、おさえることは、できなかった。


ある意味、良い意味で、
創価学会は、
世間の風潮(ふうちょう)に、流されない!
正しいことは、正しい!
間違(まちが)ってることは、間違ってると、
言い切ってきた!

それと同時に、
創造性(そうぞうせい)、豊(ゆた)かで、
決して、固(かた)まった形に、とらわれないで、
時代、時代に、マッチした活動をしてきた!

それが、創価学会が、
発展してきた理由のひとつだと、思う。


・・・・・・・・・・・・・こころ(宝の箱の、パスワード)・・・・・・・・・・・・・

池田先生(創価学会インターナショナル会長)が、

『人間が、人間を、
 人間以上のものに
 見せようとした時から、
 宗教は、邪教(じゃきょう)!となる』

というようなことを、言っていた。

確かに、そうだと思う。
もし、人間を、人間以上のものに
みせようとしている宗教があったなら、
はっきりと、邪教だ!と、
見破(みやぶ)っていかなければならない!


なぜならば、
人間の不幸の中で、
邪教は、人間を、不幸にする、
もっとも、根源的(こんげんてき)なものだからだ・・・・・・!


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posted by タカパス at 13:43| こころ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年03月17日

宝の箱のパスワード12

創価学会(そうかがっかい)では、
勤行(ごんぎょう)というのがあって、
朝と夜(一日に二回)、
釈尊(しゃくそん/釈迦[しゃか]/ブッダ)の
法華経(ほけきょう)という経文の、
一部分を、音読します。

だいたい、速く読めば、3分ちょっとで読め、
遅く読んでも、5分くらいで終わります。
それが終わったあと、
南無妙法蓮華経(なんみょうほうれんげきょう)を、
自分が好きなだけ、
繰(く)り返し、となえます。

それを、まとめて、勤行といいます。

べつに、強制(きょうせい)ではなくて、
そうするのが、一日のリズムを作るのに、
また、一日を、また、人生を勝利していくのに、
ベストであろう!ということで、
推奨(すいしょう)しています。
やらなかったら、バチがあたるとか、
そういうことは、ありません!

ただ、やったほうが、絶対、良いし、
日々、続けていったほうが、
まず!幸せになります!!
勝利の、幸せのリズムが、
身につくし、
南無妙法蓮華経を、となえていくことによって、
生命力が高まり、生命が蘇生(そせい)し、
勇気や知恵が、わき上がって、
日々を、輝(かがや)いて
挑戦していけるからです。


法華経(ほけきょう)というと、
うさんくさい気がしますが、
法華経には、おもしろいシーンが、
いろいろ、出てきます。

たとえば、
勤行(ごんぎょう)で読む最初に、出てくるんですが、
釈尊が、瞑想(めいそう)から立ち上がって、
知恵第一と言われている弟子、
舎利弗(シャリホツ)に、
言います。

「仏の知恵は、あまりにも深く、無限なので、
 おまえたち(シャリホツ)には、
とうてい、理解することは、できないんだ!」

シャリホツは、いわば、
エリート中のエリート、超エリート、
いわば、天才です。
そういう、超エリートに向かって、
「おまえたちには、とうてい、理解できないんだ!」
と、釈尊が、言い放(はな)ったものだから、
大変です・・・!

超エリートのシャリホツは、
面食(めんく)らってしまうわけです。
そして、ここから、釈尊は、
仏法の真髄(しんずい)である、
法華経を、説いていくわけです。


超エリート、天才であっても、
理解できない法(ほう)、
それが、仏法(ぶっぽう)の真髄である、
法華経(ほけきょう)だということです・・。


では、
超エリート、天才でも、
理解できないとしたら、
いったい?どうしたら、いいんでしょうか!

結局(けっきょく)、超エリート、天才と言われた、
シャリホツも、理屈(りくつ)では
理解することが、できなくて、
『信じる!』ことによって、
ようやく、得道(とくどう/成仏)できたそうです。



少し、話しは、変わりますが、
前に、難信難解(なんしんなんげ)と、
易信易解(いしんいげ)ということを、
学びました。

難信難解とは、とてもじゃないけど、
理解することはできないし、信じることは、
できないという意味です。
易信易解は、逆(ぎゃく)で、
わかりやすいし、信じやすい!
という意味です。

いろいろ、段階があって、
仏法(ぶっぽう)から見ると、
仏法以外の宗教は、
易信易解で、わかりやすく、信じやすい!
だから、キリスト教や、イスラム教など、
世界に早くから、広まっている。
それから比(くら)べると、仏法は、
難信難解で、理解しがたいから、
信じられない。

次に、仏法の中から見ると、
法華経以外の教えは、易信易解で、
わかりやすいので、簡単に広まっている。
それに対して、『法華経』は、
難信難解で、理解しがたく、信じがたいので、
なかなか、広まらない!

釈尊が、言っているんですが、
ところが、真実の教えは、『法華経』で、
そのほかの教えは、法華経を説(と)くために、
仮(かり)の教えとして、説いた「いつわりの教え」!
なんだそうです!

だから、法華経以外の教えを、どんなに、
実践(じっせん)してみても、信じても、
何の得(とく)にもならないし、
いつわりの教えなので、かえって、
人生に悪影響を、およぼしてしまい、
『マイナス』に、なってしまう。

なぜなら、釈尊の真実の教えは、
法華経なので、法華経を信じ、
実践していかないと、幸せになっていかない。

こんどは、法華経の中から見ると、
過去の法華経である、「釈尊の法華経」は、
易信易解で、わかりやすく、信じやすい!

それに対して、現代の法華経である
日蓮大聖人(にちれんだいしょうにん)の
七文字の『南無妙法蓮華経』の法華経が、
難信難解で、とても、理解できないし、
信じがたい!

法華経といっても、時代時代によって、
その表し方が、違(ちが)って、
現代は、たった七文字の『南無妙法蓮華経』が、
「法華経」なんです。

釈尊が、言っているんですが、

「私(釈尊)の法華経は、
私(釈尊)が死んでから、2千年、たつと、
なんの力も、効力(こうりょく)も、なくなってしまう!
かえって教えが、ねじまげられ、
誤(あやま)って広められてしまうので、
人を不幸にしてしまう。」

ということだそうです・・・。

釈尊の予言によると、
その時に(釈尊が死んでから二千年後に)、
釈尊の師匠(ししょう)が出現して、
現代のすべての人々を、幸せにすることができる、
真実の法華経を、
広めていくだろう!ということです。

その釈尊の師匠というのが、
実は、日蓮大聖人なんです。
いっけん、なんか、あべこべのような気もしますが、
永遠の生命観から考えれば、
間違えではなく、実は正しいんです・・・。

そして、
現代のすべての人々を、幸せにすることができる、
真実の法華経(ほけきょう)というのが、
日蓮大聖人の七文字の法華経、
『南無妙法蓮華経』なんです。

ところが、この『南無妙法蓮華経』は、
難信難解で、とてもじゃないけど、
理解することは、できないし、
信じることができない!!

ようするに、理屈で、理解しようとしても、
無理!だってことです!


じゃあ、どうするか?


それは、自分で、試(ため)してみるしかないんです!

自分の身体で、自分の心で、自分の生命で、
実際、やってみて、
『これは、すごい!!!』って、
感じとるしかないんです!

それ以外、理解したり、信じることは、
不可能で、
南無妙法蓮華経は、それだけ、
とうてい、はかり知ることができない、
ものすごい!力(ちから)を、秘(ひ)めている!
ということだと、思います。


・・・・・・・・・・・・・こころ(宝の箱の、パスワード)・・・・・・・・・・・・・

南無妙法蓮華経は、信じがたいし、
理解しがたい。

だから、創価学会の人は、
体験を、重(おも)んじます!
体験を、みんなで、語り合っていきます。

体験は、自分が、身体(からだ)で、つかんだ、
生命の確信だからです!
信心の体験がある人は、強いです。


創価学会が、これだけ、
世界中に、広まっているのは、
創価学会の多くの人たちが、
その体験を、つかんで、
確信と、希望を持って、
進んでいるからだと、思います・・・・。


・・・・・・・・・・・・・こころ(宝の箱の、パスワード)・・・・・・・・・・・・・
posted by タカパス at 12:51| 日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする