2020年05月11日

宝の箱のパスワード57

今から百年も前に、
新渡戸稲造(にとべいなぞう)という人が、
言っていたそうです。


「日本という国ほど、
デマを、まち散(ち)らしている人間を、
のさばらせている国は、ない!!」


確(たし)かに、
そうなのかもしれない。

日本の国民性というか、
風習(ふうしゅう)というか、
そのようなことに深く立ち入らない、
「ことなかれ主義(しゅぎ)」
が、あるのかもしれない・・。

デマをまき散らす理由としては、
「経済的理由」
「政治的理由」
「目立(めだ)ちたいという欲求(よっきゅう)」
などがあるようです。

また、悪意(あくい)や憎(にく)しみにより、
デマを流す場合もあると思う・・。


以前、
創価学会(そうかがっかい)も、
ひどいデマを流(なが)され続けたけれど、
それは、
悪意や憎しみに、
金銭的(きんせんてき)理由が、
からんだものだと思う。


当時(とうじ)のデマは、
繁栄(はんえい)していた
週刊誌(しゅうかんし)でのデマが多かった。

当時は今よりも、
週刊誌の影響力(えいきょうりょく)が、
強かったんだと思う。

金にさえなれば、何を言っても、いいんだ!
と言わんばかりの、
三流週刊誌が、のさばっていた。

創価学会のことを書くと、
雑誌が売れるというので、
ウソ、デタラメを、書きまくる。

それらの記事は、
悪事ばかり働き、
創価学会に、いられなくなって、
脱会(だっかい)した者たちが、
金ほしさと、創価学会憎さに、
捏造(ねつぞう)した記事だった。

だから、
その記事には、

「いつ?、どこで?、だれが?」

という、
明確(めいかく)な論拠(ろんきょ)が、
まったくない!

それらの記事は、
裁判(さいばん)によって、デタラメであることが、
明確に認(みと)められ、
雑誌社側が敗訴(はいそ)。
(創価学会の勝利)

そして、雑誌社側は
罰金(ばっきん)を払(はら)わされ、
また、自分の雑誌に、
謝罪(しゃざい)の文章を、
のせさせられました。


明治大学の教授(きょうじゅ)が話しているんですが、
創価学会のデマ記事に、
必ず、でてくる、
プロパガンダ(宣伝)のひとつとして、
創価学会の元(もと)幹部による証言(しょうげん)が、
あげられるそうです。

当然、
元(もと)創価学会の幹部(かんぶ)だからと言って、
信憑性(しんぴょうせい)があるとは、
とうてい、言えない。

なぜなら、
元幹部という彼らは、
詐欺(さぎ)や乗っ取(のっと)りを、たくらみ、
問題や悪事を起こして、
創価学会に、いられなくなった人たちなので、
創価学会憎(にく)さが先(さき)にあり、
とても、正しいことを、言ってるとは、
考えられない。


それに、
これらの元創価学会幹部というのは、
さきほども話しましたが、
悪事や詐欺を起こして、
創価学会に、いられなくなったんだから、
お墨付き(おすみつき)の、
大うそつきです。


そういう人が話している記事を、
信じるというほうが、
おかしい。


これも、明治大学の教授が、
言っているんですが、

「普通、週刊誌とかで、たたかれたら、
個人にしろ、団体にしろ、
世の中から、抹殺(まっさつ)されてしまう!

それなのに、創価学会は、
何十年も、ひどいデマで、
週刊誌に、たたかれ続けているにもかかわらず、
飛躍的(ひやくてき)に、
発展(はってん)し続けている!」


『この事実は、驚(おどろ)くべきことである!』


と。


これは、創価学会が、
どれだけ正しく、
どれだけ素晴らしいかの証明(しょうめい)だと思う。


どんなに、デマを書き散らそうとも、
真実は、消えない!


すなわち、
人間が、
ほんとうに、
ほしいものは、幸せです!


創価学会は、その幸せを、
ひとりひとりの人間に、
与(あた)え続けてきた!


だから、どんなデマも、
創価学会を、
壊(こわ)すことはできなかった。


人は、真実(しんじつ)の幸せのあるところに行き、
真実の幸せに、集まってくる!


それは、
ひとりひとりが求める、
悩みや問題の解決を可能にし、
切実(せつじつ)な夢や希望をかなえる
大きな力(ちから)となって、
人々に幸せを、もたらしてきた。

ひとびとの心に、
現実に幸せを実感(じっかん)させ、
勝利と歓喜(かんき)を、もたらしてきた。


この心の底(そこ)からの歓喜と感動を、
壊(こわ)すことなど、できるはずがありません。


だから、創価学会は、
どんなに、迫害(はくがい)のデマを受(う)けても、
広がり続け、
現在、世界192ヶ国に広まったんだと、
思う・・・・・。


・・・・・・・・・・・・・こころ(宝の箱の、パスワード)・・・・・・・・・・・・・

イギリスの有名な歴史家に
「アーノルド・トインビー」という偉人(いじん)がいます。

彼の著作のなかに、
『歴史(れきし)の研究』
という大著(たいちょ)があります。

歴史を、
文明の興亡(こうぼう)の視点(してん)から
論(ろん)じたもので、
文明(ぶんめい)は、
外部における自然・人間環境(にんげんかんきょう)と
創造的(そうぞうてき)な指導者の
二つの条件によって発生(はっせい)し、
気候変動(きこうへんどう)や自然環境、
戦争、民族移動(みんぞくいどう)、
人口の増大などの、
『挑戦(ちょうせん)』に、
『応戦(おうせん)』しながら成長する。

しかし逆(ぎゃく)に文明は、
挑戦に応戦することに失敗することによって、
弱体化(じゃくたいか)する。


すなわち、

『文明を興(おこ)すものは何か?』

を探求(たんきゅう)した結果、
それは、
人種(じんしゅ)でも、恵(めぐ)まれた環境でもなく、
かえって劣悪(れつあく)な気候(きこう)の変化や、
外部の文明からの圧力(あつりょく)、
刺激(しげき)、困難(こんなん)に、
立ち向かうなかで生まれる!!


その『挑戦』に対する『応戦』によって、
文明は、生まれる。


そう、結論(けつろん)しています。


創価学会が、これだけ発展しているのも、
デマなどの強烈(きょうれつ)な挑戦に対して、
徹底(てってい)して、
応戦してきたからだと思う。

そして、その『挑戦』に、

『勝った!!!』

からだと、思う。


もっと言えば、
どんな挑戦にも勝ちうる、
強烈なエネルギーが、あった!!
ということだと思う。


その強烈なエネルギーが何か?
といえば、

それが、
南無妙法蓮華経(なんみょうほうれんげきょう)を
となえる、
仏法(ぶっぽう)の信仰であることは、
いうまでもない・・!!



現代、
あらゆる人が、
『挑戦』に、『応戦』するエネルギーを、
求(もと)めている。

それが、
一個(いっこ)の人間にしても、
団体にしても、
世界にしても、
あらゆる『挑戦』に、
『応戦』し、
そして『勝つ』ことのできる、
法則(ほうそく)であり、秘策(ひさく)であり、
無限の力であり、エネルギーが、
『南無妙法蓮華経(なんみょうほうれんげきょう)』
であるといっても、
言い過(す)ぎではないと思う。


また、それが、

『南無妙法蓮華経を、となえる』

ということだと、思う・・・・。


・・・・・・・・・・・・・こころ(宝の箱の、パスワード)・・・・・・・・・・・・・
posted by タカパス at 22:23| 日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年10月07日

宝の箱のパスワード48

日蓮大聖人(にちれんだいしょうにん)の
御書(ごしょ)に、
諸法実相抄(しょほうじっそうしょう)という
御書があります。
(御書とは、日蓮大聖人が書かれた、
論文や手紙を、すべて集めたものです)

この御書(ごしょ)のなかに、

『日蓮一人はじめは
南無妙法蓮華経(なんみょうほうれんげきょう)と
唱(とな)えしが、
二人、三人・百人と、
次第(しだい)に唱え、つたふるなり、

未来も又(また)しかるべし。』


とある。


組織論(そしきろん)として、
すべてに言えることとして、

その組織が、一人しか、いなかったら、
自分が、やるしかない。

それが、2人になると、
だいぶ、楽(らく)になってくる。

自分が、できないときは、
替(か)わって、やってくれる人が、いるからだ。

それが、三人になると、
劇的(げきてき)に変化が起こってくる!

2人だけだと、その2人は、
自分と似(に)かよった、
同じような趣味や趣向(しゅこう)を持った、
狭(せま)い範囲(はんい)の人しか、
集めることはできない。

ところが、これが、三人になると、
自分の趣味や趣向、性格とは、
まったく違(ちが)うような人たちも、
仲間として、
入れていけるようになってくる。

だから、組織は、
三人になった時から、
劇的に発展していく。


これが、組織を発展させていく原理(げんり)だという。


一人から二人へ、二人から三人へ・・。


この原理なくして、組織は、
現実的に広かっていくことはない。

だとしたら、組織を強くする鍵(かぎ)は、
やっぱり、
一対一の誠実(せいじつ)な対話なんだと思う。

最も、地味(じみ)なようで、
これしか、
組織を強くする方法は無(な)いんだと思う。


池田先生(創価学会インターナショナル会長)が、
青年から、どうしたら、
組織を強くできるか?と、質問され、

「それは、一人の人間と、会っていくことだ!」

と、答えてくれたそうです。


一人を大切にすることが、
組織を強くすることに直結(ちょっけつ)する。


現代という時代は、

「大きな組織の中では、オレの力なんて」

とか、

「俺が、いくら、がんばったって、
世界が、変わるわけではない」

とか、

一人の力を、過小評価(かしょうひょうか)し、
卑下(ひげ)する傾向にあると思う。

けれど、さっきの組織論からいうと、
それは、まったく、逆(ぎゃく)だということになる!

巨大な組織を強くする、ということは、
一人の人間を、強くする、
一人の人間を、最大に尊敬する、
一人の人間の価値(かち)を、最大に評価していく!


これしか、ないということだと思う。


そして、この結論として言えることは、
巨大な組織よりも、はるかに大きな価値が、
一人の人間には、ある!

巨大な一国を左右(さゆう)できるだけの、
偉大(いだい)な力を持っているのは、
実は、たった一人の人間だと、
いうことになる!


だから、一人の人間を、
ぜったいに、卑下(ひげ)してはいけない!

一人の人間の価値を、
最大に認め、
賛嘆(さんたん)している組織や国が、
結局は、
栄(さか)え、発展していく。

一人の人間の価値を、過小評価し、
バカにしている組織や国は、
やがては、滅(ほろ)んでいく運命に、
あると思う。


・・・・・・・・・・・・・こころ(宝の箱の、パスワード)・・・・・・・・・・・・・

一人の人間の幸せを考える時、
そのネックにあるのは、

自分という一人の人間の価値を、
最高最大に認(みと)めてほしい!

自分の生きている価値を、
最高最大に感じて生きたい!

ということではないかと、思う。

だから、
その一人一人の切実(せつじつ)な願いを、
かなえることができる団体が、
伸(の)び、発展していくことになる。


日蓮大聖人が、
南無妙法蓮華経(なんみょうほうれんげきょう)を
となえだした時、
一人だった!

だが、やがて、2人、3人と増え、
最終的に、南無妙法蓮華経を
となえるようになったのは、
日蓮大聖人の生前中に、
全国の日本人の十分の一にまで、
なったそうです。

しかも、これは、
一国をあげて、
日蓮大聖人と、その門下(もんか)を、
迫害(はくがい)し続けてきて、
それでも、それだけ、
南無妙法蓮華経が広がってきたと
いうことです!

さっきの組織論から考えていくと、
南無妙法蓮華経は、
あらゆる、一切(いっさい)の迫害を超(こ)えて、
一人の人間の価値を、
どこまでも、最高最大に、たたえ、
最高最大に、開花(かいか)させていく、

『最強の人間讃歌(にんげんさんか)の法則(ほうそく)』

なんだと思う。

まるで、
消えることのない太陽の炎(ほのお)のように、
こころと生命を、
幸福にし、
王者のように輝(かがや)かせてくれる!!

だから、どんな迫害も、
南無妙法蓮華経を、となえることによって、
人間の生命に起こる変革(へんかく)。

すなわち、
一人の人間の生命に、
最大の価値と無限の可能性を開く『革命(かくめい)』を、
はばむことは、できなかったんだと、
思う。


現在では、創価学会(そうかがっかい)は、
世界192ヶ国に広がり、
24時間、世界のどこかで、
必ず、南無妙法蓮華経を
となえている人がいるそうです!


日蓮大聖人の予言(よげん)どおりに、なってきた。


それは、南無妙法蓮華経の仏法(ぶっぽう)が、
人間の価値と可能性を、
最大に開花させてきた結果であり、
ひとりひとりの悩みや問題を解決し、
夢や希望を、かなえてきた結果だと思う。

それは、
ひとりの人間を、
現実に強くし、
現実に幸せにしてきた。

ひとりの人間を
強く幸せにしていくならば、
結局(けっきょく)、
それは、
社会を、
世界を、
強くし、
幸せにしていく結果となる。


ゆえに、
この創価学会の、
南無妙法蓮華経をとなえる仏法(ぶっぽう)の信仰ほど、
世界に、
平和と、幸せと、希望の世界を、
ひろげていく方法はないと
結論(けつろん)しても、
なんの問題もない・・・・。


・・・・・・・・・・・・・こころ(宝の箱の、パスワード)・・・・・・・・・・・・・
posted by タカパス at 15:08| 日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年09月25日

宝の箱のパスワード47

以前、インターネットで、
2チャンネルという書き込みを見ていたら、
創価学会(そうかがっかい)の話しが、
のっていた。

「創価学会にだって、悪人は、いるじゃないか!」

とか、

「創価学会の人が、みんな、善人(ぜんにん)ではない」

とかいう話しを、していた。


それは、そうだと思う。


創価学会に反逆(はんぎゃく)した人たちだって、
もとは、創価学会だったわけだし、
まあ、悪人だから、
創価学会から出ていったわけだけれど、
もとはといえば、創価学会員だ。

創価学会は、

どんな人でも、幸せにしたい!

と、願っているわけだから、
いろいろな人が、創価学会に入ってきて、
当然(とうぜん)だと思う。


けれど、信心が、狂(くる)ってしまったら、
その人は、狂っていく。


仏法(ぶっぽう)の原因と結果の法則(ほうそく)には、
一点の狂いもない!

だから、仏法の信心(しんじん)が狂ってしまった人が、
おかしくなるのは、
逆(ぎゃく)の意味で、
この仏法(ぶっぽう)が、
真実の法則であることの証明だと思う。

創価学会に入っても、
信心がなくなり、創価学会員を
バカにするようになった人が、
幸せになったら、おかしい!

それとは、まったく逆の、
悲惨(ひさん)な結果が出て当然だと思う。

だから、逆に、
仏法の信仰(しんこう)を、
素直に、純粋(じゅんすい)にやっていると、
思いもよらなかった幸せを、つかめるのも、
仏法の道理(どうり)だと思う。


勘違(かんちが)いしてもらっては、
困(こま)ると思う。


池田先生(創価学会インターナショナル会長)も、
どんな悪人であっても、
創価学会員である以上、
なんとか、良くしよう!良くしようと、
心を、砕(くだ)いていたように思える。


けれど、ひとたび、
創価学会に牙(きば)を向いたならば、
絶対に、許(ゆる)さない!


なぜかと言うと、その悪を許したら、
創価学会の清浄(せいじょう)な世界が、
壊(こわ)されてしまうからだ!

創造(そうぞう)は、一生、
破壊(はかい)は、一瞬(いっしゅん)。

ほんとうは、一瞬の気の緩(ゆる)みも
許されないのが、人生だと思う。

だから、悪は、許さない。


ともかく、仏法(ぶっぽう)は、きびしい!
勝つか、負けるかだ。

単純(たんじゅん)に考えると、
この世界は、
悪人が勝つか、善人が勝つかの戦場だと思う。

中途半端(ちゅうとはんぱ)は、ありえない!

善人が、おとなしくしていれば、
悪人は、いい気になって、
どんどん、のさばっていく。

悪人というものは、際限(さいげん)を知らない。

日本人は、
「これくらいは許(ゆる)してやれば、
いいじゃないか」
とか、
そういう、中途半端な黙認(もくにん)を、
美徳(びとく)と考える傾向(けいこう)があると思う。

けれど、相手(あいて)が、
あきらかな悪人の場合、
それは、
間違(まちが)いとなる。

そんなことをして、悪人が反省するとでも、
思っているのだろうか!

そんなことは、絶対にない。

悪人というものは、
気を許せば、
許すだけ、際限なく広がっていくものだ。

ドイツが、昔、
ナチスだった人たちを許さなかったのも、
そういうことだと、思う。

ナチスの悪人を、
たとえ、地の果(は)てまでも、
追い詰(つ)め、断罪(だんざい)していく。

それが、人間としての、
誠実(せいじつ)な、
真実の生き方だと思う。


だから、創価学会も、
悪人を絶対に、許さない。

ほんとうに、くどいようでも、
はたから見たら、みっともないように見えたとしても、
徹底(てってい)して、悪を責(せ)め、
追及(ついきゅう)しつづける!


それが、人間の正義(せいぎ)を、
善(ぜん)を、
強く高め、
自分を、世界を、
平和に、幸せにしていく
法則であり、方法だからです。


・・・・・・・・・・・・・こころ(宝の箱の、パスワード)・・・・・・・・・・・・・

ただし、よく、誤解(ごかい)されるのは、
創価学会員は、なにも、
善人になるために、
信心しているのでは、ない。

そうではなくて、
『幸せになるために』、
信心をしている。

はたから見て、なんの、けがれもないような、
いわゆる、石にも棒(ぼう)にも当たらないような、
そんな善人になる必要は、
なんにも、ない。

この、けがれた、みだれきった世界に
生きている以上、
ひとくせも、ふたくせも、あって、
当然だと思う。

日蓮大聖人(にちれんだいしょうにん)の時代に、
大聖人の弟子で、
四条金吾(しじょうきんご)という素晴らしい弟子が
いたけれど、
彼は、武士だ。

武士(ぶし)といえば、人を切ることを
商売としているとも言えるから、
まあ、悪く言えば、人殺しだ。

よく考えたら、こんな悪人は、いない。

けれど、それは、生きていく上で、
しょうがないことだとも、言える。

仏法(ぶっぽう)は、
そういう現実の中で生きている人間を、
ひとりも、否定(ひてい)しない!

ひとくせも、ふたくせも、あろうが、
どんな境遇(きょうぐう)の人であっても、
その人間の生命の中に、
輝(かがや)かしく、
素晴らしい生命を見いだして、
ひとりひとりが、生活の中で、
実感(じっかん)でき、
満足していける最高の幸せを、
つかませてくれる。


それが、仏法(ぶっぽう)だと思う。


あえて言えば、
どんな傾向性(けいこうせい)がある人間であっても、
幸せという観点(かんてん)から見て、
その人が、最大限に生かされていく。

自分の人間としての傾向性が、
すべて、プラスへと、変えられていく。

よく、コメディーで、
自分が、悪意(あくい)でやっているのに、
それらが、すべて、良い結果を生み、
なぜだか、幸せになってしまうという
ドラマが、ある。

上の例(れい)は、少々、おおげさだけれども、
創価学会が実践(じっせん)している、
南無妙法蓮華経(なんみょうほうれんげきょう)の仏法を、
真剣に、実践していくと、
ほんとうに、そうなっていく。


不思議(ふしぎ)だけれど、
それが、南無妙法蓮華経の力(ちから)であり、
仏法が、生命に及(およぼ)ぼす、
素晴らしい力だと、思う・・・・・。


・・・・・・・・・・・・・こころ(宝の箱の、パスワード)・・・・・・・・・・・・・
posted by タカパス at 20:51| 日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする