2020年01月28日

宝の箱のパスワード53


『突破口(とっぱこう)を開け!
 
大誠実の力で!
 
わが一生に燦(さん)たる

「何か」を残せ!』


これは、まえに聖教(せいきょう)新聞の、
「わが友に贈(おく)る」にあった文章です。

わが友に贈るは、
創価学会(そうかがっかい)インターナショナル会長の
池田先生が、
毎日、聖教新聞に、のせてくれている、
4、5行の短いメッセージです。


自分が、ピンときたのは、
最後の

「何かを、残せ!」

と、いうところです。


具体的内容のことを残(のこ)せではなく、
『何か』!

「何か」だったら、
すべての人が、自分に当(あ)てはめることが、
できる!


ものすごく、
柔軟性(じゅうなんせい)のある言葉だと思った。


すべての人が勝利するためにあるのが、
仏法(ぶっぽう)。

すべての人の現実の生活に、
完全にマッチして、
その人らしい、その人だけの幸せを、
つかませてくれるのが、
南無妙法蓮華経(なんみょうほうれんげきょう)の仏法!


ここに仏法(ぶっぽう)のスゴサがあるように、
思えた。


それで、思い出したけれど、
創価学会の人が、毎日、祈(いの)っている、
祈る対象(たいしょう)である

『ご本尊(ほんぞん)』

も、そうだと思った。


ご本尊は、仏(ほとけ)の生命そのものを、
表現しきったものなんだけれど、
この、ご本尊は、
文字で表現されている。

真ん中に「南無妙法蓮華経」と、
仏の生命の根本(こんぽん)の言葉が書かれていて、
そのまわりに、
一切衆生(いっさいしゅじょう)のなかにある、
単純に分けると、
十種類の生命状態(せいめいじょうたい)が、
書き表(あらわ)されている。

その十種類の生命状態を、
ちょっと、説明すると、

●地獄界(じごくかい)
地獄のような生命状態

●餓鬼界(がきかい)
欲望に、とらわれた、
本能的(ほんのうてき)な生命状態

●畜生界(ちくしょうかい)
強い時は、いばり、
弱い時は、卑屈(ひくつ)になるような
畜生(ちくしょう/ けもの)の生命状態

●修羅界(しゅらかい)
争(あらそ)い怒る、
たえず、他より、
まさっていたいと思う生命状態

●人界(にんかい)
人間の平静な生命状態

●天界(てんかい)
何か、とっても、うれしいことがあり、
天にも昇(のぼ)るような、
うれしく、幸せな生命状態

●声聞界(しょうもんかい)
何かを勉強して自分を向上(こうじょう)させ、
何かを、きわめようとする生命状態

●縁覚界(えんがくかい)
自分自身で学ぶというより、
何かのヒントや、インスピレーションによって、
何かの真理(しんり)やアイデアを生み出し、
悟(さと)ろうとする、
ヒラメキのような生命状態

●菩薩界(ぼさつかい)
子供を見れば、かわいく、いとおしく思い、
おぼれている猫などを見ると、
助けてあげたいと思う、
やさしくて、他のために行動するような、
あたたかく、慈悲(じひ)深い生命状態

●仏界(ぶっかい)
強くて、あったかくて、やさしくて、
歓喜(かんき)していて、幸せで、
どんなことにも負けない、
すべてに打ち勝つことのできるような、
無限の可能性を秘(ひ)めた、
仏(ほとけ)のような最強の生命状態

※この、最後の、
『仏界(ぶっかい)の生命』だけは、
南無妙法蓮華経を、となえないと
人間の生命から、わきあがってきません!!


実は、この、
『仏界の生命』が、キーワードになっていて、
その仏界の生命の名前を、
『南無妙法蓮華経(なんみょうほうれんげきょう)』
と、いいます。

すなわち、幸せになる生命、
幸せをつかむ生命が、『仏界の生命』で、
幸せをつかむ生命の名前であり力(ちから)であり、
法則(ほうそく)が、
『南無妙法蓮華経』だということです。


幸せになるためには、
幸せを引き出す必要(ひつよう)があり、
幸せを呼(よ)ぶ必要がある!

もっと言うと、
幸せの名前を呼ぶ必要がある!!

だから、幸せの名前である、
『南無妙法蓮華経を、となえる』必要がある!!
ということです。


さきほど話したように、
人間の生命の中には、
地獄・餓鬼・畜生・修羅・人・天・声聞・縁覚・菩薩・仏、
という、
単純(たんじゅん)に言うと、
十種類の生命が、
すべて、ふくまれていて、
その生命が、何かの縁(えん)によって、
自分の中から出てきて、
その人の、その時の、
生命状態や心理状態となって、
あらわれてきます。


実は、創価学会の人たちが祈っている、
『ご本尊(ほんぞん)』は、
その、どういう生命状態の人の中にも、
南無妙法蓮華経という、
仏(ほとけ)の生命が、そなわっている!
ということを、表現しています。

たとえば、今、
地獄界(じごくかい)の生命状態にあったとしても、
幸せになる生命、幸せをつかむ生命が、
本来(ほんらい)、そなわっているので、
幸せの生命を引き出せば、
幸せになっていけるわけです。

今、餓鬼界(がきかい)の生命状態にあったとしても、
幸せの生命を引き出せば、
幸せになっていけるんです。

畜生界(ちくしょうかい)であろうと、
修羅界(しゅらかい)の生命状態であろうと、
同じです。
同じように、幸せの生命を持っているので、
幸せの生命を引き出せば、
幸せになっていけるんです。

その幸せの生命の名前が、
「南無妙法蓮華経」であり、

幸せの生命を引き出す方法が、
「南無妙法蓮華経を、となえる」
ということです。


仮(かり)に、今、
人界(にんかい)の平静な生命状態にあるから、
幸せの生命を引き出す必要がないかといえば、
そんなことはなく、
幸せの生命を引き出すことによって、
もっと充実した、もっと素晴らしい幸せを、
つかんでいける!!
ということです。

天界(てんかい)の、
天にも昇(のぼ)るような生命状態であったとしても、
南無妙法蓮華経を、となえることによって、
浮(う)かれすぎて、落とし穴(あな)に落ちないように、
堅実(けんじつ)で、もっと盤石(ばんじゃく)な幸せを、
つかんでいける!
ということです。


今の生命状態が、
声聞界(しょうもんかい)の
何かを勉強して自分を向上させる生命状態だったとしたら、
南無妙法蓮華経を、となえることによって、
今は勉強で苦しいけれど、
その苦しさに負けない、
強い強い、幸せな生命状態になっていけるんです。

縁覚界(えんがくかい)の生命状態で、
何かのヒントや、インスピレーションを求め、
アイデアを生み出だそうとする生命状態であったならば、
南無妙法蓮華経は、
無限の創造力(そうぞうりょく)を引き出して、
アイデアを生み出し、
幸せをつかんでいけるようになっていきます。

菩薩界(ぼさつかい)の、
他のために行動するような、
あたたかい生命状態であったならば、
南無妙法蓮華経を、となえることによって、
幸せの生命を引き出し、
自分の行動と心を輝(かがや)かせ、
自分の幸せも、人の幸せも、
もっともっと、輝かせていけるようになっていきます。


だから、今、現在、
どんな環境(かんきょう)、どんな境遇(きょうぐう)の人であっても、
「仏の生命」が、そなわっているから、
その最強で、最(もっと)も幸せな「仏(ほとけ)の生命」を、
出すことができれば、
どんな人であっても、幸せになっていける!!
ということです。

その原理(げんり)と方法を、
だれにでも、
簡単(かんたん)にできるように表現されているのが、
日蓮大聖人(にちれんだいしょうにん)が書き残された、

『ご本尊(ほんぞん)』

なんです。


だから、『ご本尊』は、
すべての人に合(あ)っていて、
すべての人にマッチしている。


ようするに、すべての人の願いや幸せを、
かなえる力(ちから)が、ある!
ということです。

これが、もし、『ご本尊』が、
仏像(ぶつぞう)や絵で表現されていたら、
仏(ほとけ)は、たった、ひとつの形に
とらわれてしまい、
自分と適合(てきごう)することは、
ありません!

自分とは、かけはなれた仏(ほとけ)に、
おすがりする、「おすがり信仰」に、なってしまう。


それでは、人を愚(おろ)かにする、
間違(まちが)った宗教になってしまう。


文字で表現された『ご本尊』という、
具現化(ぐげんか)と、抽象化(ちゅうしょうか)の、
絶妙(ぜつみょう)なバランス感覚!

このなかに、
人間の生命を、みごとに!表現したところに、
『ご本尊』のスゴサがあるように、
思う。


だから、ご本尊に、
南無妙法蓮華経を、となえる時、
ひとつの型(かた)に、はまった幸せではなく、
その人でしかできない、
その人だけの幸せ、
その人に完全に適合(てきごう)しきった、
その人にとっての、

『何か!』

を、実現することが、
できるようになっていきます。


・・・・・・・・・・・・・こころ(宝の箱の、パスワード)・・・・・・・・・・・・・

単純に言うと、
人間の生命には、
地獄・餓鬼・畜生・修羅・人・
天・声聞・縁覚・菩薩・仏、の、
十種類の生命状態が、ある。

仏法(ぶっぽう)では、その十種類の、
どんな生命状態の中にも、
同じように、幸せを開くことのできる、
最高に魅力的(みりょくてき)で、最高に強い、
仏の生命が、存在すると説きます。


その幸せを開くことのできる、
最強の生命が、
『南無妙法蓮華経』
だということです。


それは、
『南無妙法蓮華経』という、
幸せを開くことのできる最強の生命が、
すべての人間の中に、
無条件(むじょうけん)に存在(そんざい)する!
ことを意味します。

だから、今、
どんな生命状態の人でも、
南無妙法蓮華経という、
最も幸せで、最も強い、
仏(ほとけ)の生命が、
自分の中に存在するんだから、
自分の中から、
その『南無妙法蓮華経の生命』を、引き出せば、
だれでも、どんな人でも、
幸せになることができるわけです。

その仏(ほとけ)の生命を、
自分の中から引き出す方法が、

『南無妙法蓮華を、となえる!』

ということなんです!


その仏法における法則(ほうそく)と、
現実における実践方法を、
純粋(じゅんすい)に、的確(てきかく)に、
実践(じっせん)しているから、
創価学会は、世界192ヶ国に広がり、
世界中の創価学会員の人たちが、
夢や希望を、かなえ、
現実に幸せを、つかむことができたんです。


最後に、かさねて言うようだけれど、
この最高に幸せで、最高に強い仏(ほとけ)の生命は、
『南無妙法蓮華経』を、となえないと、
出てこない!!

だから、本当の意味での幸せを、つかむには、
ご本尊に、
この『南無妙法蓮華経』を、となえる以外ない!
ということだけは、
言っておきたいと思います・・・・・。


・・・・・・・・・・・・・こころ(宝の箱の、パスワード)・・・・・・・・・・・・・
posted by タカパス at 20:43| 幸せ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年11月11日

宝の箱のパスワード50

このまえ、
創価学会(そうかがっかい)のある壮年の方が
話してくれたんだけれど、
その人のお母さんも、
創価学会員なんだけど、
そのお母さんが、言うには、


「最近、幸せだと思うのは、
ご本尊(ほんぞん)に
南無妙法蓮華経(なんみょうほうれんげきょう)を
となえて、
いろいろ、祈るんだけれど、

最近は、自分のことを、
祈(いの)らなくてよくなった!

それが、なにより、幸せだと思う。」


と、言っていたそうです。


※ちなみに、ご本尊(ごほんぞん)とは、
創価学会が祈る対象(たいしょう)として信じている本尊で、
紙などに、すべて文字で描かれた
曼荼羅(まんだら)です。

それは、
日蓮大聖人(にちれんだいしょうにん)が、
仏(ほとけ)の生命そのものを表現したものであり、
また、自分の生命そのものを表現したものでもあり、
その必ず幸せになっていける仏(ほとけ)の生命が、
自分の中にも、
すべての人間の中にも、
まったく同じように、そなわっていることを
あらわしたものが、
ご本尊(ほんぞん)です。


だから、そのお母さんが、
ご本尊に祈ることは、

『人のこと、ばっかり!』

人の幸せ、地域(ちいき)の幸せ、世界の幸せ!

それが、なによりの心配事(しんぱいごと)であり、
興味(きょうみ)の中心だと
いうことだと思う。


創価学会では、よく、

『境涯(きょうがい)』

という言葉を使うけれど、
この、お母さんは、
ほんとうに、
境涯が、大きいと思う。


きっと、
人の幸せ、地域の幸せ、世界の幸せを、
自分の幸せと感じているんだと思う。


よく、『境涯(きょうがい)』は、
幸せを入れる器(うつわ)に例(たと)えられる。

器(うつわ)が小さいと、
少しの幸せしか、入れることができない。

器が大きいと、
たくさんの幸せを入れることができる。

それと同じように、
境涯が小さいと、幸せも小さい。

自分のことしか考えられない。
だから、せま~~い幸せしか、
感じることができない。

境涯が大きいと、幸せも大きい。

人のことを、世界のことを、
まるで、自分のことのように、
喜び、
幸せを、感じることができる!

もちろん、それだけでは、いけないと思う。

自分の悩みや問題がある場合は、
しっかりと、その悩みや問題に立ち向かい、
解決していく!

そのために、ご本尊があり、
そのために、
南無妙法蓮華経(なんみょうほうれんげきょう)を、
となえる!

けれど、また、それだけでも、いけない。

なぜかというと、
人のこと、世界のことを、祈っていかないと、
『境涯』が、大きくならないからだ!

境涯が大きくならないということは、
幸せも、大きくならないということです。

だから、人のこと、地域のこと、
世界のことを、祈っていくことも、
ものすごく、大切!

けれど、不思議(ふしぎ)なことに、
ご本尊に、南無妙法蓮華経をとなえていると、
はじめは、悩みが、いっぱいあって、
自分のことしか祈っていないのに、
それが、だんだん変わってきて、
人のことを、
真剣に祈れるようになってくる!


幸せのレベルが、
違(ちが)ってくるということだと、思う。


不思議だけれど、南無妙法蓮華経には、
人間の境涯(きょうがい)を、
開く力(ちから)がある!


池田先生(創価学会インターナショナル会長)が、
まえに言っていた。


『ご本尊に祈るのに、祈り方なんてない!
自分の思うがままに、祈ればいい!』


人間の、どんな思いも、
ありのままに受け止め、
それを、最高に良い結果として、
出してくれるのが、
ご本尊であり、
また、それが仏法(ぶっぽう)だと思う。

もちろん、自分が祈った内容とは、
違う結果が出ることもある。

けれど、幸せという観点(かんてん)から見ると、
その時は、わからなくても、
最高の結果が出てきたことが、
あとになって、
わかることが、よく、ある!


それが、
南無妙法蓮華経の不思議なところです。


祈ったとうりのことが、かなったら、
幸せにならない場合は、
祈った通りには、ならないで、
別の結果が出る!


しかも、それは、
幸せということから考えると、
最高の結果が、出ている!


・・・・・・・・・・・・・こころ(宝の箱の、パスワード)・・・・・・・・・・・・・


幸せとは、なんだろう?


と考えていくと、
ほんとうに難(むずか)しい!

自分の願いが、かなったら、
幸せだ。

でも、自分だけの願いが、かなっても、
他の人たちが不幸だったら、
あんまり、幸せでないかもしれない。

人も、自分も、
幸せにしていけるのが、
「仏法(ぶっぽう)」です!

南無妙法蓮華経を、となえていくと、
祈っている内容は、どうであれ、
自然(しぜん)と、人も、自分も、
幸せになる方向に、進んでいける!

これが、自分だけの幸せだったら、
幸せは、小さい。

けれど、創価学会が実践(じっせん)している、
南無妙法蓮華経の仏法は、
絶対(ぜったい)、そうはならない!


自分も、人も、世界も、
幸せになっていく。


だから、スゴイ!
だから、ほかの何よりも、
本当の幸せを、
心から、
感じることができる!


こういうのを、『歓喜(かんき)』という。


だから、日蓮大聖人は、

『南無妙法蓮華経は、歓喜の中の、大歓喜なり!』

と、言ったんだと、思う・・・・!


・・・・・・・・・・・・・こころ(宝の箱の、パスワード)・・・・・・・・・・・・・
posted by タカパス at 14:20| 幸せ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年06月18日

宝の箱のパスワード41

この前、
ちょっと用事があって、
創価学会員(そうかがっかいいん)の
80才くらいのおじいさんに、
会いに行きました。

そのおじいさんに会うと、
いろんな話しを、してくれるんですが、
お孫(まご)さんの話しを、
よく、してくれます。


おじいさんには、
お孫(まご)さんが、
たくさん、いて、
みんな、すごく、優秀で、
おじいさんの自慢(じまん)です。

その、お孫さんの一人は、
女の子なんだけれど、
やはり、すごく優秀(ゆうしゅう)で、
大学で科学者めざして、
がんばっているそうです。

その女の子は、
創価学会の信心と活動も、
熱心(ねっしん)で、
教授に、堂々と聖教(せいきょう)新聞を見せたり、
この前は、大学のキャンパス内で、
池田先生(創価学会インターナショナル会長)
の写真展をやって、
その責任者として
活躍(かつやく)したそうです。

彼女は、雄弁(ゆうべん)で、
しかも人間的に、
すごく魅力(みりょく)があるそうで、
どうしても、うちの子供の家庭教師になってくれ!
とか、よく言われて、
家庭教師も、たいへんだそうです。

大学の友達からも人気があって、
友達が、学校の売店で、
ぜひとも、アルバイトに来てほしいとか言って、
きかないそうです。


そういう、優秀な孫たちが、
たくさん、いて、
おじいさんの、
生きがいになっています。


それで、思ったけど、
この創価学会が実践(じっせん)している、
南無妙法蓮華経(なんみょうほうれんげきょう)の
仏法(ぶっぽう)は、
自分を幸せにするだけでなく、
自分の子供、
孫までも、
幸せにしていく!

幸せが自分だけで途切(とぎ)れず、
家族や子孫までも、
伝(つた)わっていくということです。


ほんとうの幸せというものは、
そういうものだと思う。


南無妙法蓮華経の仏法(ぶっぽう)と、
創価学会の活動によって、
自分の生命に、
『福運(ふくうん)』が、
きざまれていく。

福運とは、生命に、たくわえられた、
幸せの元(もと)みたいなもので、
これが、たくさん、あると幸せになります。

その「幸せの元」である福運が、
自分だけでなく、周(まわ)りの人たち、
子供、孫、
そして、子孫代々(しそんだいだい)までも
広がっていき、
みんなを幸せにしていく。


それが、仏法の力(ちから)であり、
南無妙法蓮華経を
となえぬいた福運のスゴサであり、
南無妙法蓮華経が、
その、人間を生命の底(そこ)から幸せにする、
スゴイ!エネルギーだと思う。


よく、
この創価学会の仏法の信仰(しんこう)をやりきると、

『絶対的(ぜったいてき)な幸せ』、
『永遠(えいえん)の幸せ』を、つかめる!

というけれど、
それは、ほんとうなんだと思う。


・・・・・・・・・・・・・こころ(宝の箱の、パスワード)・・・・・・・・・・・・・

日蓮大聖人(にちれんだいしょうにん)の
御書(ごしょ)に、

(御書とは、日蓮大聖人が書かれた、
論文や手紙を、すべて集めたものです。)


『かれ草が広がる草原(そうげん)に、
たった一点の火を、つけただけで、
その火は、どんどんと広がり、
やがて、草原いっぱいに、
広がっていく!

それと、同じように、
自分の信心(しんじん)で
つちかった福運も、
子供へ、子孫(しそん)へ、
そして、全世界へと、ひろがっていく。』


という話しが、書いてあった。



「創価学会員が、なぜ、幸せか?」


というと、

自分が、
南無妙法蓮華経の仏法(ぶっぽう)の信仰と
創価学会の活動によって、
つちかってきた福運は、
消えない!!!


美人の奥さんがいようが、いまいが、
病気だろうが、健康だろうが、
財産(ざいさん)があろうが、なかろうが、
そんなことは関係なく、
自分が刻(きざ)んだ福運の火は、
当然(とうぜん)のごとく、
野原いっぱいに広がり、
そして、
全世界、全宇宙に、
広がっていく!

自分の灯(とも)した福運の火は、
自分が、死んでも、

自分が、


『今まで、生きてきた!』


という証(あかし)として、
永遠に広がり続ける!

まるで、自分の存在の価値(かち)を、
全宇宙が賞賛し、
祝福(しゅくふく)しているかのように!

そして、それは、
そのまま、自分の子供、子孫、世界に、
伝(つた)わっていく。

自分の生きてきた世界に、
自分の生きてきた宇宙に、
自分が生きた証(あかし)として、
自分が、刻(きざ)んだ福運が、
永遠に残り、広がり続ける。

そのことが、そのまま、
「自分の幸せ」となって開花(かいか)していき、
また、そのことを、
自分の生命(せいめい)で、
感じることが、できる!!


自分が、生きてきたという価値を、
全宇宙が、すべての生命が、
最高最大に認(みと)めてくれ、
絶賛(ぜっさん)してくれ、
心から、尊敬(そんけい)してくれる!


そのことを、
心から感じることのできる生き方が、
創価学会の生き方であり、
南無妙法蓮華経を、となえて生きる、
生き方だと思う。



おそらく、こんな幸せなことは、
他には、絶対に無いと思う!



それが、できるのが、
南無妙法蓮華経の仏法であり、
創価学会の活動なんだと思うと、
こころから、
感謝(かんしゃ)を、おぼえる・・・・。


・・・・・・・・・・・・・こころ(宝の箱の、パスワード)・・・・・・・・・・・・・
posted by タカパス at 14:37| 幸せ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする