2019年11月11日

宝の箱のパスワード50

このまえ、
創価学会(そうかがっかい)のある壮年の方が
話してくれたんだけれど、
その人のお母さんも、
創価学会員なんだけど、
そのお母さんが、言うには、


「最近、幸せだと思うのは、
ご本尊(ほんぞん)に
南無妙法蓮華経(なんみょうほうれんげきょう)を
となえて、
いろいろ、祈るんだけれど、

最近は、自分のことを、
祈(いの)らなくてよくなった!

それが、なにより、幸せだと思う。」


と、言っていたそうです。


※ちなみに、ご本尊(ごほんぞん)とは、
創価学会が祈る対象(たいしょう)として信じている本尊で、
紙などに、すべて文字で描かれた
曼荼羅(まんだら)です。

それは、
日蓮大聖人(にちれんだいしょうにん)が、
仏(ほとけ)の生命そのものを表現したものであり、
また、自分の生命そのものを表現したものでもあり、
その必ず幸せになっていける仏(ほとけ)の生命が、
自分の中にも、
すべての人間の中にも、
まったく同じように、そなわっていることを
あらわしたものが、
ご本尊(ほんぞん)です。


だから、そのお母さんが、
ご本尊に祈ることは、

『人のこと、ばっかり!』

人の幸せ、地域(ちいき)の幸せ、世界の幸せ!

それが、なによりの心配事(しんぱいごと)であり、
興味(きょうみ)の中心だと
いうことだと思う。


創価学会では、よく、

『境涯(きょうがい)』

という言葉を使うけれど、
この、お母さんは、
ほんとうに、
境涯が、大きいと思う。


きっと、
人の幸せ、地域の幸せ、世界の幸せを、
自分の幸せと感じているんだと思う。


よく、『境涯(きょうがい)』は、
幸せを入れる器(うつわ)に例(たと)えられる。

器(うつわ)が小さいと、
少しの幸せしか、入れることができない。

器が大きいと、
たくさんの幸せを入れることができる。

それと同じように、
境涯が小さいと、幸せも小さい。

自分のことしか考えられない。
だから、せま~~い幸せしか、
感じることができない。

境涯が大きいと、幸せも大きい。

人のことを、世界のことを、
まるで、自分のことのように、
喜び、
幸せを、感じることができる!

もちろん、それだけでは、いけないと思う。

自分の悩みや問題がある場合は、
しっかりと、その悩みや問題に立ち向かい、
解決していく!

そのために、ご本尊があり、
そのために、
南無妙法蓮華経(なんみょうほうれんげきょう)を、
となえる!

けれど、また、それだけでも、いけない。

なぜかというと、
人のこと、世界のことを、祈っていかないと、
『境涯』が、大きくならないからだ!

境涯が大きくならないということは、
幸せも、大きくならないということです。

だから、人のこと、地域のこと、
世界のことを、祈っていくことも、
ものすごく、大切!

けれど、不思議(ふしぎ)なことに、
ご本尊に、南無妙法蓮華経をとなえていると、
はじめは、悩みが、いっぱいあって、
自分のことしか祈っていないのに、
それが、だんだん変わってきて、
人のことを、
真剣に祈れるようになってくる!


幸せのレベルが、
違(ちが)ってくるということだと、思う。


不思議だけれど、南無妙法蓮華経には、
人間の境涯(きょうがい)を、
開く力(ちから)がある!


池田先生(創価学会インターナショナル会長)が、
まえに言っていた。


『ご本尊に祈るのに、祈り方なんてない!
自分の思うがままに、祈ればいい!』


人間の、どんな思いも、
ありのままに受け止め、
それを、最高に良い結果として、
出してくれるのが、
ご本尊であり、
また、それが仏法(ぶっぽう)だと思う。

もちろん、自分が祈った内容とは、
違う結果が出ることもある。

けれど、幸せという観点(かんてん)から見ると、
その時は、わからなくても、
最高の結果が出てきたことが、
あとになって、
わかることが、よく、ある!


それが、
南無妙法蓮華経の不思議なところです。


祈ったとうりのことが、かなったら、
幸せにならない場合は、
祈った通りには、ならないで、
別の結果が出る!


しかも、それは、
幸せということから考えると、
最高の結果が、出ている!


・・・・・・・・・・・・・こころ(宝の箱の、パスワード)・・・・・・・・・・・・・


幸せとは、なんだろう?


と考えていくと、
ほんとうに難(むずか)しい!

自分の願いが、かなったら、
幸せだ。

でも、自分だけの願いが、かなっても、
他の人たちが不幸だったら、
あんまり、幸せでないかもしれない。

人も、自分も、
幸せにしていけるのが、
「仏法(ぶっぽう)」です!

南無妙法蓮華経を、となえていくと、
祈っている内容は、どうであれ、
自然(しぜん)と、人も、自分も、
幸せになる方向に、進んでいける!

これが、自分だけの幸せだったら、
幸せは、小さい。

けれど、創価学会が実践(じっせん)している、
南無妙法蓮華経の仏法は、
絶対(ぜったい)、そうはならない!


自分も、人も、世界も、
幸せになっていく。


だから、スゴイ!
だから、ほかの何よりも、
本当の幸せを、
心から、
感じることができる!


こういうのを、『歓喜(かんき)』という。


だから、日蓮大聖人は、

『南無妙法蓮華経は、歓喜の中の、大歓喜なり!』

と、言ったんだと、思う・・・・!


・・・・・・・・・・・・・こころ(宝の箱の、パスワード)・・・・・・・・・・・・・
posted by タカパス at 14:20| 幸せ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年06月18日

宝の箱のパスワード41

この前、
ちょっと用事があって、
創価学会員(そうかがっかいいん)の
80才くらいのおじいさんに、
会いに行きました。

そのおじいさんに会うと、
いろんな話しを、してくれるんですが、
お孫(まご)さんの話しを、
よく、してくれます。


おじいさんには、
お孫(まご)さんが、
たくさん、いて、
みんな、すごく、優秀で、
おじいさんの自慢(じまん)です。

その、お孫さんの一人は、
女の子なんだけれど、
やはり、すごく優秀(ゆうしゅう)で、
大学で科学者めざして、
がんばっているそうです。

その女の子は、
創価学会の信心と活動も、
熱心(ねっしん)で、
教授に、堂々と聖教(せいきょう)新聞を見せたり、
この前は、大学のキャンパス内で、
池田先生(創価学会インターナショナル会長)
の写真展をやって、
その責任者として
活躍(かつやく)したそうです。

彼女は、雄弁(ゆうべん)で、
しかも人間的に、
すごく魅力(みりょく)があるそうで、
どうしても、うちの子供の家庭教師になってくれ!
とか、よく言われて、
家庭教師も、たいへんだそうです。

大学の友達からも人気があって、
友達が、学校の売店で、
ぜひとも、アルバイトに来てほしいとか言って、
きかないそうです。


そういう、優秀な孫たちが、
たくさん、いて、
おじいさんの、
生きがいになっています。


それで、思ったけど、
この創価学会が実践(じっせん)している、
南無妙法蓮華経(なんみょうほうれんげきょう)の
仏法(ぶっぽう)は、
自分を幸せにするだけでなく、
自分の子供、
孫までも、
幸せにしていく!

幸せが自分だけで途切(とぎ)れず、
家族や子孫までも、
伝(つた)わっていくということです。


ほんとうの幸せというものは、
そういうものだと思う。


南無妙法蓮華経の仏法(ぶっぽう)と、
創価学会の活動によって、
自分の生命に、
『福運(ふくうん)』が、
きざまれていく。

福運とは、生命に、たくわえられた、
幸せの元(もと)みたいなもので、
これが、たくさん、あると幸せになります。

その「幸せの元」である福運が、
自分だけでなく、周(まわ)りの人たち、
子供、孫、
そして、子孫代々(しそんだいだい)までも
広がっていき、
みんなを幸せにしていく。


それが、仏法の力(ちから)であり、
南無妙法蓮華経を
となえぬいた福運のスゴサであり、
南無妙法蓮華経が、
その、人間を生命の底(そこ)から幸せにする、
スゴイ!エネルギーだと思う。


よく、
この創価学会の仏法の信仰(しんこう)をやりきると、

『絶対的(ぜったいてき)な幸せ』、
『永遠(えいえん)の幸せ』を、つかめる!

というけれど、
それは、ほんとうなんだと思う。


・・・・・・・・・・・・・こころ(宝の箱の、パスワード)・・・・・・・・・・・・・

日蓮大聖人(にちれんだいしょうにん)の
御書(ごしょ)に、

(御書とは、日蓮大聖人が書かれた、
論文や手紙を、すべて集めたものです。)


『かれ草が広がる草原(そうげん)に、
たった一点の火を、つけただけで、
その火は、どんどんと広がり、
やがて、草原いっぱいに、
広がっていく!

それと、同じように、
自分の信心(しんじん)で
つちかった福運も、
子供へ、子孫(しそん)へ、
そして、全世界へと、ひろがっていく。』


という話しが、書いてあった。



「創価学会員が、なぜ、幸せか?」


というと、

自分が、
南無妙法蓮華経の仏法(ぶっぽう)の信仰と
創価学会の活動によって、
つちかってきた福運は、
消えない!!!


美人の奥さんがいようが、いまいが、
病気だろうが、健康だろうが、
財産(ざいさん)があろうが、なかろうが、
そんなことは関係なく、
自分が刻(きざ)んだ福運の火は、
当然(とうぜん)のごとく、
野原いっぱいに広がり、
そして、
全世界、全宇宙に、
広がっていく!

自分の灯(とも)した福運の火は、
自分が、死んでも、

自分が、


『今まで、生きてきた!』


という証(あかし)として、
永遠に広がり続ける!

まるで、自分の存在の価値(かち)を、
全宇宙が賞賛し、
祝福(しゅくふく)しているかのように!

そして、それは、
そのまま、自分の子供、子孫、世界に、
伝(つた)わっていく。

自分の生きてきた世界に、
自分の生きてきた宇宙に、
自分が生きた証(あかし)として、
自分が、刻(きざ)んだ福運が、
永遠に残り、広がり続ける。

そのことが、そのまま、
「自分の幸せ」となって開花(かいか)していき、
また、そのことを、
自分の生命(せいめい)で、
感じることが、できる!!


自分が、生きてきたという価値を、
全宇宙が、すべての生命が、
最高最大に認(みと)めてくれ、
絶賛(ぜっさん)してくれ、
心から、尊敬(そんけい)してくれる!


そのことを、
心から感じることのできる生き方が、
創価学会の生き方であり、
南無妙法蓮華経を、となえて生きる、
生き方だと思う。



おそらく、こんな幸せなことは、
他には、絶対に無いと思う!



それが、できるのが、
南無妙法蓮華経の仏法であり、
創価学会の活動なんだと思うと、
こころから、
感謝(かんしゃ)を、おぼえる・・・・。


・・・・・・・・・・・・・こころ(宝の箱の、パスワード)・・・・・・・・・・・・・
posted by タカパス at 14:37| 幸せ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年05月07日

宝の箱のパスワード39

まえに、
創価学会(そうかがっかい)の友達に誘(さそ)われて、
「ダカーポ」という
グループのコンサートに、
行ったことがありました。


ダカーポと言っても、知らないと思いますが、
かなり昔のグループです。

「野に咲(さ)く花のように」
という歌が有名なようで、
聖教(せいきょう)新聞で、
池田先生(創価学会インターナショナル会長)の
随筆(ずいひつ)に、
その「野に咲く花のように」の歌の話しが出ていて、
池田先生は、そこから、
いろいろと話しを展開(てんかい)されていました。


野に咲く花は、庶民(しょみん)の花、

野に咲く花は、たくましい。

どんな目立(めだ)たないところでも、
また、踏(ふ)まれても、
たくましく、美しく咲いていく。

その花たちを、
創価学会の女性たちのようだと、
讃(たた)えていた。


その随筆の中に、


『静(しず)かなる革命』


という言葉が、出てきた。


すごく清らかで、芯(しん)が強くて、
魅力(みりょく)のある言葉だと思った。


創価学会の革命(かくめい)は、

『静かなる革命』

だと思う。

けっして、目立たないし、
大げさなことでは、ない!

一人一人を、励(はげ)ましていく。
一人一人に、希望を与(あた)えていく。
おのおのが、幸せになっていくために、
希望の、勇気の、団結を、
ひとりひとりと、結(むす)んでいく!


すべては、一人から始まる!


ひとりを、幸せにすることに、
全力を、尽(つ)くす!


なぜならば、
一人を、幸せにすることができたなら、
幸せの、希望の波動(はどう)は、
一人から2人、2人から3人と広がり、
やがて、その幸せの波動は、
地域へ、世界へと、
広がっていくからだ。


最も、地味(じみ)だけれども、
最も価値(かち)のある、
あたたかい、幸せの革命。

それが、創価学会の

『静かなる革命』

だと、思う。


・・・・・・・・・・・・・こころ(宝の箱の、パスワード)・・・・・・・・・・・・・

いくら、たくさんの聴衆(ちょうしゅう)の前で、
偉(えら)そうなことを言っても、
ひとりの人を幸せにできないのなら、
なんの価値もない。


ほんとうに、一人の人を、
幸せにすることが、できるか、どうか?


それが、真実の信仰(しんこう)か、
そうでないかの、
違(ちが)いだと思う。


南無妙法蓮華経(なんみょうほうれんげきょう)
の仏法(ぶっぽう)は、
ひとりの人を、
確実に幸せにすることのできる
法則(ほうそく)だと思う。

それを、創価学会のひとりひとりが、
証明してきた。

だから、世界192ヵ国に広がる
素晴らしい創価学会が、
あるんだと思う。


現代という時代は、
ひとりの人間を、
無力(むりょく)だと考えがちであり、
自分なんか!と、
卑下(ひげ)する傾向(けいこう)があるようだ。


けれど、ほんとうは、
一人の人間ほど、
偉大(いだい)なものは、ない!

一人の人間の中に、世界を変える、
無限(むげん)の可能性(かのうせい)が、
秘(ひ)められている!


その一人の人間の価値を、
最高に高め、
一人の人間の可能性を、
最高に開花させているのが、
創価学会が実践(じっせん)している、

『南無妙法蓮華経を、となえて生きる!』

仏法(ぶっぽう)の信仰なんだと、
こころから思う・・・・・。


・・・・・・・・・・・・・こころ(宝の箱の、パスワード)・・・・・・・・・・・・・
posted by タカパス at 21:07| 幸せ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする